近況報告②

相変わらず何の捻りも無いタイトルですみませんが、タイトル通り近況報告第二弾を致します。




1月16日の父の検査ですが、検査の結果、父はまたしても入院する事に……などという事は全くなく、何事もなかったかのように帰って参りました。

「二度ある事は三度ある」ではなく、「三度目の正直」という結果になり、自分としても正直ほっとしております。

相変わらず大量の薬を貰って帰ってきたようではありますが、その日午前7時頃という早い時間に出て11時半頃に帰ってきた父が、帰ってきて早々、昼食の準備をしていた事には驚きました。

12時になったので僕が居間に下りていくと、ちょうど父が作っていた焼きそばを盛り付けている所だったのですが、その時僕は父が初めて退院した時の事を思い出していました。

あの時も同じお昼という時間帯でしたが、退院したとはいえまだまだ辛そうな父があの時居間のソファで横になっていた事を思い出すと、本当に回復したんだなと感慨深くなりましたね。

今後もまだ病院に行き続ける必要はあるようなのですが、父の様子を見る限り、もう肺炎が悪化して入院するような事は恐らくないでしょう。

あとは父が寿命を迎えるまで、大きな病気に罹らない事を祈るばかりです。





また、一人で買い物をする事に関しても変わらずに続けております。

それでこの間、買い物のリストの中に叔父がいつも飲んでいる焼酎の名前が書かれていたのですが、正直言ってそれを買う時はかなり緊張しました。

というのも僕は年齢的にはアラフォーのおじさんですので、お酒を買う事自体は法律上何の問題もないのですが、ヒキニートの宿命というべきか、顔がアラフォーという年齢に見合わない程の童顔でしてね……。

要するに普通に社会に出て働いて、それなりの苦労をして生きて来たであろう30代後半男性なら自然と出てくるんじゃないかと思われる「大人っぽさ」や「渋さ」みたいなものが皆無な顔なため、もしかしたらレジで年齢確認でもされるんじゃないかと不安でたまらなかったわけなのです。

そしてその結果はどうだったのかというと……一人で不安や緊張を感じていたのが馬鹿らしくなるくらい、何事もなかったかのように買う事が出来ました。

免許証はおろかマイナンバーすら持っていないため、もし年齢確認されたらどうしようと思いながらレジへと向かったのですが、どうやら僕は他の人からは「お酒を買っても大丈夫な年齢」として一応見えるみたいです。何歳くらいに見えてるのかまでは分かりませんが。

実は一人で買い物をする事になった際、不安材料の一つにこれがあったのですが、「案ずるより産むが易し」とはまさにこの事ですね。

もしかしたら世の中も案外そんなものなのかもしれないと、少しだけ思いました。





それにしても僕がこのブログを開設してもうすぐ二年が経とうとしていますが、今までは何か訴えたい事があったり、劇的な出来事があったりした時にブログを更新するようにしていた為、こんな風に何でもないような日常の事を書いたのってたぶん初めてなんじゃないかと思います。

一応確認の為に過去の記事を読み返したりしてみたのですが……それを見た時は正直言って結構驚きましたね。「(本当に自分はこんな事書いてたのか)」と一瞬思ってしまうくらいには。

別に根本的な考え方自体が変わったとかそういうわけではないのですが、やはり今と比べると過去の記事の方が闇が濃いというか……あの時の自分って相当病んでいたんだなと、読んでいて感じました。

そして過去の記事を読んでそう思えるようになったという事は、僕の精神は今、あの時よりも良い状態になってきているという事なのだと思います。

考え方は変わってはいないけれど、心境は変わったという事なのかもしれません。

そしてそれはやはり、買い物の為に外に出るようになったり、今まで積極的にしてこなかった他の方との交流を、少しづつではありますがするようになったお陰なのではないかと思います。

僕の中であれだけ抵抗のあった外に出る事や、人と関わる事で心が救われる事になるとは何とも皮肉な話ですが、やっぱり人間どれだけ引きこもっていても、いずれ外に出たり、人と関わらなければならない時は来るんですね。

ですが今はそんな生活も少しだけ悪くないなと感じ始めている、今日この頃でございます。





それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

近況報告

何の捻りも無いタイトルですみませんが、タイトル通り近況報告を致します。





1月6日、父が病院を退院して帰って来ました。

ちなみに帰ってきたのは午後3時ごろ……前回が午前中での帰宅となったため、その日の昼を過ぎた辺りで僕は「(こんな時間になっても帰って来ないなら、きっと今日も退院できなかったんだな)」」と思っていたのですが、そんな風に諦めかけていたところ家の駐車スペースの辺りから車の音がしたので「(もしや……)」と思って部屋から覗いてみると、久しぶりに見る父の車が今まさに駐車しようとしている所でした。

その後、父が家の扉を開けるのに合わせて僕も一階まで下りていき父を出迎えたのですが、またしても久しぶりに会う事となった父は以前と比べるとだいぶ回復したように見受けられました。

今もまだ息が荒くなったりすることはあるのですが、それでも初めて入院する事となったあの頃と比べると「ようやく元に戻って来たな」という感じがしています。

そしてその後、居間で父と少し話をしたのですが、その時父が「二回目の入院をする事になった際、医者に怒られた」という話をし始めました。

父は恐らく医者に、退院した後どのような生活を送っていたのか聞かれ、そこで買い物の事などについて包み隠さず話したのでしょう。

すると父は医者から、「食べるものが無いからと言って、病み上がりの体でスーパーのような人が多く集まる場所に行ったら、治るものも治らない。そんな生活を続けていたら、その内病院のベッドで寝たきりの生活を送る羽目になる。家族がいるなら、その人たちに頼るべきだ」というような事を言われたのだと言います。

そして医者からそう言われた事もあってか、父は僕に「店までの運転は自分がするから、これからは買い物に関しては僕に全部任せたい」と言ってきました。

要するに今までは父の付き添いとして一緒に店内へ入り、荷物を持ったりするのが僕の役目でしたが、これからは僕一人で店内へ入って買い物をこなさなければならないという事です。

僕は一応その場では承諾したのですが、正直これを言われた時は心の中で色々な葛藤がありましたね。

それを僕の文章力では上手く表現できる自信が無い為、詳細に書くのは省かせていただきますが、承諾しつつも僕の心の中には暫くモヤモヤとした気分が残っていました。(強いて言うなら父の苦労を知った今、父の助けになるべきだという感情と、一人で買い物する事への不安、それから父の苦労を知ったと言ってもやはり僕の父に対する感情の根底にあるのは嫌悪なので、そんな相手の頼みを聞く事に対する抵抗感とがせめぎあっているような状態でした。)





そしてちなみにこれを書いている現在、僕はその一人で買い物をするという行為を二回ほど経験した状態です。

正直言ってまだまだ慣れませんし色々と不安な事も多いですが、こうして一人で買い物をすると今までずっと父に任せきりで特に大変だとも思っていなかった買い物という作業が、いかに大変だったかがよく分かります。

それに買うものは何も食料だけというわけではありません。

冬という季節柄ストーブ用の灯油を買ったりしなければならない事もあるのですが、灯油のパンパンに入ったポリタンクというのは自分が想像した以上に重く、これに加えてスーパーで買った大量の食料も運ばなければいけないとなると、老齢の父からしたら相当な重労働だっただろうなと思います。

そしてこれから先、今よりも更に老いていく父の事を考えると、もう父が一人で買い物に出られる事は恐らく無いでしょう。

きっとこの体制は、これからもずっと父が亡くなるまで続いていく事になると思います。

その事に対し、これまで父と色々な事があった身からすると思う事もまた色々とあるのですが……正直それを表に出して意地を張った所で自分が辛くなるだけですからね。

まずは「父の為」という考えは捨てて、「自分自身の成長や経験の為に外に出て買い物する」という意識を持って頑張ってみようかと思います。





そして前回で僕は「友達を作る」事を新年の抱負として掲げまして、それ以来、今まで入った事の無かったグループに入ったり、気になった方を読者登録したり、スターを付けさせていただいたりしています。

今まではそういう事って積極的にやってこなくて、「色々なグループに入るのは何だか自分のブログを殊更に宣伝しているみたいで恥ずかしいし、例え僅かでも僕の事を分かってもらえる人が読んでくれたらそれでいい」……という頑固職人みたいなスタンスでずっといたのですが、実際に色々なグループに入ってみたら反応も増えましたし、僕の記事にスターを付けていただいた方のブログを読者登録したら、その方も僕のブログを登録して下さったりして、何だかそういうのっていいなと感じました。

そうなるとブログを書こうというモチベーションも上がってきますしね。

僕が今までブログの更新になかなかやる気が出なかったのも、もしかしたらそういう理由もあるのかもしれないと思いました。

とりあえずこの活動もまた、今後も続けていこうと思います。





最後になりますが、退院した父は検査の為1月16日にまたしても病院に行かなければならないようです。

奇しくも前回と同じ6の付く金曜日……果たして「二度ある事は三度ある」となるのか、それとも「三度目の正直」となるのか。

それは分かりませんが、僕としてもなるべく後者の結果であってほしいと思います。

父のいない毎日というのもそれはそれで退屈だという事を、もう二度の入院を通して知ってしまいましたからね。





それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

新年の挨拶と前回の続きと今年の抱負と……

あけましておめでとうございます。


僕にとってはトラブル続きだった2025年が漸く終わり、新たな年が幕を開ける事となりました。

2026年が果たしてどんな年になるかは分かりませんが、少なくとも去年よりは良い年である事を願いたいものです。

そして、前回で僕は父がインフルエンザによる後遺症から肺炎になり、病院に入院する事になった事。そして一週間ほどで退院する事が出来たものの、12月26日に検査があり、再び病院に行かなければならないという事について書きました。

その時僕は「流石に再入院などという事にはならないと思う」と書いたのですが、結論から言うと……その予想は見事に外れ、父はまたしても入院する事となってしまったのです。






12月26日当日の朝、僕は父から事前に「今日はたぶん遅くなるから、昼は一人で食べてくれ」と言われていたのですが、その言葉通り父は12時を過ぎても帰って来なかったため、僕は一人で昼食の準備を進めていました。

そして冷凍のチャーハンをフライパンで炒め、お皿に盛りつけたそれを半分くらいまで食べ進めていると、居間の電話が突然鳴り響いたのです。

それを聞いた僕は「(たぶん父からだな)」とは思ったのですが、その時は検査が予想以上に長引いているので帰りが遅くなるとかそういった類の連絡だろうと思っていました。

なので受話器越しに再入院の事を聞かされた時は、「また入院するの!?」と思わず大声を出して驚いてしまいましたね。

退院した直後の頃に比べると食欲も体力も少しづつ回復しているように見えたので、可能性はゼロではないとは思いつつも、再入院する確率はやはり低いだろうと思っていましたから。





そんなわけでこうして二回目の、父不在で叔父と二人きりの生活を送る事となった僕。

とはいえ流石に二回目ともなると、父の入院という事実を突きつけられ、不安で仕方なかった一回目と比べると幾分落ち着いた心情で日々を過ごす事が出来ています。

叔父は相変わらず僕の事を助けてくれますし、これを書いている現在、父はまだ戻って来てはいないのですが、前回父が一週間ほどで帰って来た事を考えると恐らく今回もそれくらいで退院出来るのではないかと予想もついて、前回と比べるとだいぶ気は楽ですね。(年始なので多少遅れる可能性はあるとは思いますが)

しかし父がもう高齢である事には変わらないわけで、退院出来たとしてもそう遠くない未来に父がこの世からいなくなってしまうという事実は、やはりどうしても避けられません。

叔父も休みが取れればスキーや旅行に行ったりと年齢を感じさせないくらい元気で体力のある人ですが、やはり高齢である事には変わりなく、病気の心配は無くても旅行先で事故に遭って突然……という事は、十分に考えられます。





前回の父の入院期間の中で僕が一番学んだ事は、僕は「一人」は好きであっても「孤独」は好きではないのだという事でした。

僕は今も昔も一人で自分の部屋に籠り、ゲームや読書をするのが好きな人間です。

しかしそれは家には自分以外に家族がいる……という安心感があったからこそそう出来ていたのだと、父も入院、叔父も仕事で不在、そしてこんな時に傍にいて僕を助けてくれるような友人も存在しない……という孤独な時間を味わった事で漸く気付きました。

それにまだ二人とも生きているとはいえ、父もいない、叔父もいないという状況は図らずも僕に二人の死後を疑似体験させる事になったわけです。

その時強く感じた感情は、嫌いだった父がいなくなって嬉しいというよりも、不安、寂しい、心細いといったものでした。

そして二人が本当に亡くなってしまった後、僕はその本当の孤独に耐える事が出来るのか。

そんな孤独を埋めてくれる友人や仲間が欲しい……とあの時思った事を、今でもはっきりと覚えています。




なので強いて言うなら僕の今年の抱負は、「友達を作ること」ですかね。


別に友達100人欲しいなんて事は思いませんが、僕が辛い時には傍にいてお互い支えあえるような友達がせめて一人は欲しいなと、僕はあの時間を味わって思いました。

……とはいえ友達を作ると言っても正直な所、具体的に何をどうすればいいかサッパリ分からないというのが現状です。

ひきこもりの支援センター的な場所に行こうにも、住んでいるのが交通の便がすこぶる悪い糞田舎である事に加え、僕自身も車などの交通手段を持っていないので難しいですし……。

なのでとりあえず今できる第一歩として、このはてなブログのもっと色々なグループに入って、僕のブログをもっと沢山の方に読んでいただく事から始めてみようかと思います。

以前は「(ひきこもりでもない人たちに僕の気持ちは分からないだろうし、分かったような顔もしてほしくない)」と思い、ひきこもりやメンタル系のグループのみに絞っていたのですが、そんな風に考えられるようになったという事は、僕自身も少しづつ変わりつつあるという事なのかもしれません。

まあこんなヒキニートのおじさんを果たして受け入れてもらえるかどうかは分かりませんが、何事もやってみなければ分からないという事で、一つよろしくお願い致します。





それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

ヒキニートおじさん、大ピンチに陥る②

前回の記事を書いたのは夏真っ盛りの8月前半でしたが、早いものであれからもう約5ヶ月……あれだけ暑かったのが嘘のように寒くなった上に、2025年ももうすぐ終わりを迎えようとしています。

皆さんにとって今年はどんな一年だったでしょうか。良い年でしたか?それともあまり良くない年でしたか?

僕にとっては……正直に言ってあまり良くない年でした。

このブログにも書いたPCが壊れた一件といい、どうも今年は何かとトラブルに見舞われる事が多く、殆どはここに書くほどでもないような小さな問題だったのですが、メンタルはどん底でも少なくとも自分自身は平穏無事に過ごせていた2024年と比べると、やはり今年はだいぶ運が悪かったなと強く感じています。

しかしそんな2025年も残すところあと1ヶ月……2026年が果たしてどんな年になるかは分からないけど、とにかく今は新たなトラブルが起きない事を祈りつつ、残された日々を過ごしていこう。……と12月初旬、僕がそう心に決めたのも束の間、まさにトラブル続きの2025年を締めくくるような非常に厄介なトラブルが僕に襲い掛かりました。

結論から言うと、父が病院に入院する事となったのです。





事の始まりは上述した12月初旬の朝の事です。

普段父は僕よりも遅く起きてくる人間なのですが、何故かこの日は僕よりも早起きしており、居間の椅子に座って僕の事を待ち構えていました。

その時点で僕は何となく嫌な予感がしたのですが流石に無視するわけにもいかず、どうしたのかと聞くと父は「高熱が出て体が怠い。自分が担当している分の家事や買い物は暫く出来そうにない」と僕に報告してきたのです。

世間ではちょうどインフルエンザが猛威を振るっているというニュースが盛んに報道されている時期。僕は「(まさか……)」と思いましたが、その不安は見事に的中する事となります。

何故なら僕自身も父の病気がうつってしまい、これは確実にインフルエンザだと身をもって体験する事となったからです。

正直二人とも高熱で病院に行けるような状態ではなく実際に「インフルエンザだ」と診断を受けたわけではないのですが、僕の場合は熱が39度以上出て、激しい咳と頭痛に数日間苛まれました。

ただの風邪にしてはあまりにもレベルの違う苦しみだったため、恐らく症状的にも時期的にもインフルエンザに罹ったと見て、まず間違いないと思います。

僕としてもインフルエンザに罹ったのは随分久しぶりだったのですが、これまでの記憶を辿ってみても今回のインフルエンザが一番酷かったのではないかと思いますね。

咳もそうですがとにかく頭痛が酷く、文字通り頭が割れそうな痛みが四六時中ずっと続いていましたから。

お陰で眠りたくても碌に眠る事も出来ず、また薬なども常備していなかったため、その時はYouTubeで頭痛に効果があるとされる音楽をひたすら垂れ流して何とか耐え忍ぶしかありませんでした。





しかしそれから数日が経つと熱も徐々に下がり、永遠に続くかと思われたあの頭痛も次第に痛みが弱まっていって、更に数日後には漸く普段通りの生活を送る事が出来るようになりました。

ただ僕の場合はそれで済んだものの、問題は父の方でした。

父も僕同様、熱はすっかり下がった筈なのですが呼吸が荒く常に苦しそうにしており、おまけに体に全く力が入らないと言うのです。

しかも熱は下がっても食欲が湧かず、食べ物も碌に食べられない様子。

それで父も流石にこの状態はおかしいと思ったのか、殆ど食べていないも同然の昼食を食べた後、僕の見ている横で普段からお世話になっているかかりつけ医の先生に電話をかけ始めたのです。

すると先生は電話口の父の様子や会話の内容から父が危険な状態にある事を見抜いたようで、救急車を手配するからそれに乗って大きな病院で診てもらえ……という事になったという話を、僕は電話を終えた父の口から聞かされました。

救急車というその単語に思わず驚く僕……どうやら父の容態は僕が思っている以上に深刻らしく、僕はその時「(ああ……いよいよ父は死ぬかもしれない)」と思った事を今でもはっきりと覚えています。





その後サイレンと共に救急車が到着し、父は救急車に乗せられて病院へと向かいました。

また、その時僕も救急車に同乗させられそうになったのですが、それってつまり行きは良くても帰りは自分一人で帰って来なくちゃいけないわけじゃないですか。

何だか明らかに長くなりそうだし、帰る頃には既に暗くなっていそうだし、その上ここは糞田舎……交通の便の悪さに関しては非常に定評のある土地です。

駅は隣町まで行かないとありませんし、バスは基本的に一時間に一本……しかも最寄りのバス停から自宅までがまたそれなりの距離を歩かなければならないし、タクシーはお金かかりそうだしで、とてもそんな状況で一緒に付いていく気にはなれませんでした。

……で、交通事情的に同乗するのは難しいという話をしたところ、その救急隊員の方に「お父さんが大変な状態なのに云々かんぬん……」みたいな説教じみた事を言われたんですよ。

恐らく彼からしてみれば、父親が大変な時にグチグチ文句ばかり言って何て息子だ……とでも思ったのでしょうが、正直僕からしてみれば何も知らない人間の綺麗事にしか聞こえませんでしたね。

彼も暫くここで暮らしてみれば僕の言っている事が嫌でも分かるようになると思います。

何より用があるから一緒に来いと呼びつけるだけ呼びつけておいて、用が済んだらハイさよなら、あとは勝手に帰ってねというのも実に乱暴な話だと思うのは僕だけでしょうか?

別に一緒に行く事自体は構いませんが、それならせめて帰りの手段についても病院側で責任を持ってもらいたいものだと思ってしまいますね。





それで結局僕は病院には付いていかず家で連絡を待つことになり、漸く病院側から連絡があったのが辺りがすっかり暗くなった午後5時頃。

そこで僕は父が入院する事になったという話を聞かされたわけです。

病院の先生の話だとどうやら父は肺炎を起こしていたらしく、それもかなり酷い状態だったので暫く入院させる事を決めたのだとか。

その後は奇跡的に帰りが早かった叔父に事情を説明し(父が入院した事や、叔父にも病院側から話があるので明日は連絡があるまで家にいてほしいと言われた事など)、それからは僕と叔父による二人だけの生活が続きました。

しかし叔父と二人だけの生活というのは、正直に言って最初はかなり緊張しましたね。

普段は父とすら殆ど話さないというのに、父以上に話す機会の無い叔父といきなり二人だけの生活……だから叔父が僕に対してどういう風な出方をするか分からず、当初は叔父の事を警戒していたのです。

ですがその心配は正直、杞憂に終わりました。

普段は家事の全てを僕たちに任せ、休みが取れれば僕らを放って趣味の旅行やスキーに出かけてしまう叔父……そんな姿をずっと見てきたため、こんな状況になっても我関せずで僕の事など助けてくれないのではないかと思っていたのですが、父の代わりに僕の食べるものを買って来てくれたり、足りないものがあるので買ってきてほしいと頼んだら買って来てくれたり、ゴミの収集日にはゴミ捨てに行ってくれたりと、色々と僕の事を助けてくれたのです。

あれは本当に助かったし、何より嬉しかったですね。

父の死後について考えた時、一番の懸念が叔父との関係性だったのですが、こんな風に助けてくれるのであればこのまま父が最悪いなくなったとしても何とかなるかもしれないな……とその時の僕は思いました。





そしてそんな叔父との二人きりの生活が一週間ほど続いたある日の事。

お昼になったので昼食をとろうと一階の居間に向かおうとすると、どうも一階の様子がおかしい事に僕は気付きます。

叔父は暗い空間や閉ざされた空間というのが苦手な人らしく、普段からドアは基本開けっ放し、カーテンも開けっ放しにするような人で、叔父が朝食を終えて仕事に行くと居間の状態はドアもカーテンも開け放たれているのが普通なのですが、何故かその日に限って居間のドアが閉められていたのです。

しかも父が入院した事でずっと玄関に置かれたままになっていた父のスリッパが、何故か無くなっているではありませんか。

「(あれ?もしかして……)」と思いつつ僕が居間のドアを開けると、やはりというべきかそこには父の姿がありました。

普段感情に乏しい僕もこの時ばかりはやはり驚いてしまい思わず変な声が出てしまったのですが、そんな僕に父は退院許可が下り、タクシーで帰って来たという話を冷静に語り始めました。

ただ退院する事になったといっても苦しそうなのは相変わらずで、その後は久しぶりに父と昼食を共にしたのですが、やはりまだ以前ほどの食欲は戻っていないらしく、おまけに肺炎の薬を大量に貰ってきたようで、昼に限らず、朝も夜も大量の薬を飲まなければいけないのは見ていてとても大変そうでしたね。





このブログ内でも何度も書いている通り、僕は父の事が嫌いです。

父がこんな田舎に引っ越そうなどと言いださなければ僕が引きこもりになる事はなかった……という考えは今も全く変わっていませんし、普段買い物や料理などの家事をこなしてくれている事には感謝していますが、それでチャラになるほど僕が父から受けた心の傷は浅くはありません。

でもやはりそんな父でも一週間ぶりに姿を見ると、正直ほっとしてしまったんですよ。

僕がこの父のいない一週間の間、何が一番辛かったかというとお風呂の時間でした。

どういう事かというと僕は夕食前にお風呂を済ませるタイプでして、夕方頃になると自室から下りてお風呂に入る(正確にはシャワーですが)というのが毎日の日課となっています。

……で、この時間帯というのは本来なら父が夕食に向けての準備をしている時間でもあるわけで、以前は僕が居間まで下りてくると暖房が効いて明かりの灯った室内の中で料理をしている父の姿を確認する事が出来たのですが、父が入院しているとあっては当然そんな姿を見る事は出来ません。

おまけに居間にはさっきまで僕以外の人間はいなかったわけですから当然暖房や明かりは点いておらず、暗くて寒い部屋がただそこに広がっているだけ。

もちろん急いで暖房も明かりも点けるのですが、当然すぐに暖かくなるはずもなく、そんな状況で服を脱いでお風呂に入るという生活は正直に言って結構堪えました。

何より誰もいない寒くて暗い居間を見ていると、「(ああ、僕は今この家にたった一人なんだ)」と感じて、初日は物凄く怖くなった事を覚えています。

一人が好きなはずの僕がこんな気持ちになるだなんて自分でも驚きましたが、今回の件でやはり一人で出来る事には限界があるという事、そして人間的には何かと問題のある人達だけれど、それでもそんな家族たちに支えられているからこそ今の自分の生活があるのだという事を僕は強く気付かされました。





そして現在……父は以前と比べると体力は少し回復してきたような感じはするものの、息苦しそうなのは相変わらずでまだまだ完全回復とはいえない状態です。

なので父の仕事であった洗い物を僕が肩代わりしたり、車の運転は出来るようになったものの、まだまだ重いものを持てるような体力は無いため買い物の時は僕が付き添って荷物を持ったりと、現在はそういった感じの生活を送っています。

仕事が増えたので正直面倒だなと感じる事もありますが、買い物のために物凄く久しぶりに外に出たお陰で、自分の記憶とはいつの間にか色々変わっていた街並みを見たり、今までは父が買ってきたものをただ食べるだけの毎日だったのが、一緒に買い物をするようになってある程度自分の希望を聞いてもらえるようになったりと、そういう所は少しだけ楽しいなと感じていますね。

また父は12月26日に検査のために再び病院へ行く必要があるようなのですが、果たしてどうなることやら……。

流石に再入院などという事にはならないかと思いますが、なかなか体調が良くならない上に最近熱がまた少し出てきてしまったようで、これから父がどうなっていくかは分かりませんが、とりあえずこの生活があともう暫く続く事になる事だけはどうやら間違いなさそうです。

今年もあと少しで終わりという時に我々家族はとんでもないトラブルに見舞われる事となってしまいましたが、年末年始を病気で過ごす事になるなんて本当に洒落にならないので、皆様はくれぐれも体調管理には気を付けて、良いお年をお迎えください。





それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

ヒキニートおじさんのリアルな健康状態

いやぁ……今年の夏も本当に暑いですね。

 

僕の部屋は二階にある上に午後は西日が容赦なく直撃するため、夏の午後ともなるとまさに地獄のような暑さとなります(冬はちょうど暖かくなって良いのですが)。

 

なのでこの夏の暑さを乗り切るためには冷房が欠かせないわけですが、元々僕の部屋にエアコンは付いておらず、実はエアコンが設置されたのはほんのつい最近……今から2~3年前の事だったりします。

 

この辺の事情を説明するとちょっと長くなるので今回は割愛させていただきますが、やはりエアコンというのは本当に良い物ですね。

 

今までは窓を全開にしつつ扇風機で凌ぐしかなかったのですが、あのエアコンの無かった日々を思い出すと本当に「今までよく生きてたな……」と思います。扇風機の風も暑さのせいで最早熱風になってましたからね。

 

以前は僕もヒキニートの癖に朝から晩までエアコンを使うなんて贅沢をしていいんだろうかと罪悪感を感じる事もあったのですが、正直もう暑さに対して意地を張るのは止めにしました。

 

本当に危険な暑さが続いていますので、エアコンをお持ちの方はこの夏を健康に過ごす為にも、暑いと感じたら我慢せずに使用する事をお勧めします。

 

 

 

 

さて、ちなみにそういう僕自身の健康状態はどうなのかというと……まあアラフォーのヒキニートおじさんと聞いて健康的な人物を想像される方はあまりいないのではないかと思いますが、その想像通り僕はあまり健康とは呼べない生活を送っています(エアコンのお陰で熱中症だけはならずに済みそうですが)。

 

元々体はあまり丈夫な方ではなく、子供の頃は喘息もありましたしインフルエンザにも何度か罹ったことがあるのですが(ちなみによりによって誕生日にインフルエンザに罹った事があります)、大人になった今となっては長年の引きこもり生活や年齢から来る不調に心身共に悩まされています。

 

……と言っても精神面に関しては今まで僕のブログを読んでくださった方なら言わずもがなだと思いますので、今回は今僕が感じている体の不調をメインに書いていきたいと思います。

 

 

 

まず年齢から来る体の不調と聞いて皆さんが一番に思い浮かべる症状といえば、やはり体力の低下ではないでしょうか。

 

僕自身も……まあ元々体力なんてあってないようなものでしたが、そのあってないようなものだった体力がこの年代になっていよいよ底をついてしまったような感じがしています。

 

例えば今僕は洗濯や風呂掃除といった一部の家事を担当しているのですが、近頃はそういった作業をする度に段々と息切れが目立つようになってきました。

 

それなりに体力を使う作業ではあるので分からなくもないという方もいらっしゃるかもしれませんが、正直最近では家の階段を上ったりするだけでも息切れするようになってしまいました。

 

いかに体力の無い僕と言えども、流石に若い頃は階段を上ったくらいでは息切れなんてしなかった筈なんですけどね……。本当に時の流れというのは残酷だなと思います。

 

 

 

 

また以前にも少しだけ書いた事があるのですが、僕は太っています。

 

と言ってもぽっちゃりだとか小太りだとか、そんなレベルの話ではありません。正真正銘の完全な肥満体型……つまりはデブです。

 

一食に食べる量はそれほど多くはないと思うのですが、やはり引きこもりであるが故の運動不足と甘い物が好きなのでつい間食してしまう為、体重は増えていく一方です。

 

この体が体力低下の更なる一因となっている事はまず間違いないと思いますが、やはり太っていて一番困る事といえば汗ですね。

 

この季節に上述した風呂掃除や洗濯物を干していたりするとまず確実に汗だくになりますし、更には何故か髭を剃っている時ですら汗だくになったりもします。

 

「これほどの暑さが毎日続いてるし、太っているなら仕方ないのでは」とお思いかもしれませんが、僕レベルのデブになると正直真冬でも汗をかく事が多々あります。

 

暖房を消した部屋でも辛い物を食べたりするとすぐに体が熱くなって汗がダラダラと流れてきますし、掃除などでちょっと体を動かしたりした時も同様です。

 

後は……掛け布団のカバーってあるじゃないですか。

 

昔は掛け布団にカバーなんてかけずにそのまま使っていたのですが、数年前の冬にその使っていた掛け布団を様々な理由から新調する事になり、それに伴いこれまた様々な理由からその新しい布団にかけるカバーを購入した事がありました。

 

しかしいざカバーを装着しようとしたものの、そこで生来の不器用さが災いしましてね……装着の簡単さを売りにしていたカバーだったのですが、なかなか着ける事が出来ずに悪戦苦闘して、気付けば暖房も点けていないにも拘わらず汗だくになっていた事がありました。

 

時間にしておよそ1時間以上は経っていたと思います。

 

ちなみにあれから練習を重ねて何とかカバーは着けられるようになりました。

 

まあそれでも苦手な作業である事には変わらず、カバーの洗濯はついつい後回しにしてしまっているのですけどね……。

 

 

 

 

それと年齢を重ねた事によって、やはり睡眠時間も短くなりました。

 

子供の頃は8時間~9時間くらいは寝られたものですが、今は大体5~6時間といった所です。

 

「まあまあ寝られてるじゃないか」とお思いかもしれませんが、途中で目が覚める事も多いですし、やはりそのくらいの睡眠時間だと頭も体もいまいちスッキリしなくて日中眠くなる事も多いんですよね。

 

ちなみに少し前に何故か久しぶりに8時間近く眠れた事があったのですが、その時はやはりいつもと比べて頭も体もスッキリしていて、心の底からよく寝たなと感じられました。

 

その事を考えると、やはり自分の睡眠時間はそれくらいが適切という事なのでしょう。

 

なので最近はネットで睡眠に良いとされる情報を調べては色々試したりしているのですが、残念ながら今の所あまり効果はありません。

 

子供の頃はむしろ寝てない方が格好良いとか馬鹿な事を考えていた時期もあったのですが、それが今じゃ逆でもっと寝たいのに寝られないという悩みを抱えているわけですから、やっぱり歳を取ったんだなという事を痛感させられますね。

 

 

 

 

そして体の衰えや睡眠不足についてはもちろん心配ではあるのですが、僕には自分の体の事でそれ以上に心配している事があります。

 

それが脳の衰えです。

 

記憶力や思考力、判断力といったものがやはり以前と比べて低下してきているなと感じており、まあ平たく言えば頭が悪くなったなと感じるわけです。

 

複雑な事を考えようとすると頭がパンクしそうになる事も多々ありますし、本を読んでいる時やゲームをしている時もストーリーや設定、システム等が一度聞いただけでは理解できなかったり、忘れてしまう事も増えました。

 

「今、何でこんな事になってるんだっけ?」とか「これ、どうすればいいんだっけ?」なんて事はしょっちゅうです。

 

あと、個人的には勘違いだとか早とちりが多くなってきたなとも感じますね。

 

「これはこうだから、きっとこうに違いない」と自分の頭の中で勝手に決めつけて突っ走った挙句、実際は間違っていたという事が増えてきました。

 

性格上、今までこういった事はあまり無かった筈なんですけどね……。やはり僕の脳が深く考えるという事を苦手にしてきているのかもしれません。

 

これが単に加齢によるものであれば良いのですが、やはり母が認知症になってしまった事を考えると脳の衰えに対してはどうしても敏感になってしまうので、これも睡眠不足の件と同様ネットで脳に良いとされる情報を調べては色々試していたりします。

 

……とは言え、本当に効果があるのかどうかは正直な所まだよく分かりませんけどね。

 

 

 

 

さて、ここまで僕の健康状態について色々書いてきましたが、とりあえずここまで書いて思うのは「やはり引きこもりでも健康には気を遣った方がいい」という事ですね。

 

僕より若い引きこもりの皆さんも、今のうちに健康状態には気を配っておいた方が良いかと思います。

 

僕自身も若い頃は夜更かしなども多く、今よりも不健康な生活を送っていた自覚があるのですが、そういった生活の代償が今になって現れてきたのかな……とも感じるので。

 

……ああ、それと最後に僕より若い引きこもりの皆さんにもう一つ。

 

僕は色々な事を吸収できる筈だった若い時間をただ引きこもるだけで無為に過ごしてしまいましたし、歳を取ると体力も知力も新しい事をやってみたいという意欲もどんどん衰えていくのを、こうして身をもって体感しています。

 

なのでもし貴方に今、何かやってみたい事や学校の勉強とは別に何か学んでみたい事があるなら、今のうちに全力でやっておく事をお勧めします。

 

同じ引きこもりとして学校に行けとも、働けとも僕は言いませんが、引きこもるにしても折角なら実のある引きこもり生活にした方が絶対良いですし、もしかしたらそれがいつか、将来の助けになる時が来るかもしれませんから。

 

……ちょっと説教臭い事を言ってしまいましたが、それでもこれは僕の20年以上における引きこもり生活の中で結構本気でそう思った事なので、もしよろしければ覚えておいていただけると幸いです。

 

 

 

 

それでは今回はこの辺りで失礼致します。

今年も暑さが長引くらしいので、皆様くれぐれも健康には気を付けてお過ごしください。

ヒキニートおじさん、大ピンチに陥る

早いもので前回の投稿からもう二か月が経ち、季節は5月後半に入りました。

 

学生や社会人の皆さんはそろそろ、5月病から脱却できた頃でしょうか?

 

引きこもっている僕にはそんなものと戦いながらも学校や仕事に行く気力なんて全く無いので素直に頭が下がるのですが、実は僕も僕でこの前、ある大ピンチに見舞われていました。

 

まさに我々引きこもりにとって大打撃となる、パソコンが壊れるという事態に直面していたのです。

 

 

 

 

世間がいよいよGWに突入しようかという4月後半、僕は愛用していたノートパソコンである作業をしようと考えていました。

 

そのある作業とは何かというと、Windows10からWindows11へのアップグレードです。

 

僕が今まで使っていたノートパソコンはお世辞にもスペックが高いとは言えないものの、どうやらWindows11へのアップグレード条件は満たしているらしく「アップグレードしませんか」みたいな通知がいつの間にか出るようになっていました。

 

とはいえネット上でWindows11に関する情報を集めていると、あまり良くない噂もチラホラと聞こえてきます。

 

なので当時の僕は「まあサポート終了まではまだ時間があるし、焦ってアップグレードする必要もないだろう。今アップグレードしたことで変な不具合が出ても困るし……」と思いずっと放置を続けていたのですが、気付けばWindows10のサポート終了まであと半年……なので、そろそろやっておかないとまずいかなと思い始めたんですね。

 

正直怖さもありましたがPC正常性チェックにかけても大丈夫と出ましたし、Youtubeでアップグレードの手順を解説した動画を見てみた所、思いのほか簡単そうだったので、まあこれなら大丈夫かなと。

 

そう思って軽い気持ちでアップグレードする事を選択したのですが、その1~2時間後、僕は自分の選択を死ぬほど後悔する事になるのでした。

 

 

 

 

その後時間はかかりましたが何とかダウンロードが終わり、いよいよインストール……という所までやって来ました。

 

しかしそこまでは良かったのですが、「外部記憶域メディアを挿入しOKを押してください」と表示された所で止まってしまい、何と全く操作を受け付けなくなってしまったのです(そして後になって分かった事ですが、その時挿していたUSBも見事に壊れてしまいました)。

 

一応予備のUSBメモリを挿してみましたが結果は変わらず、苦肉の策でPS4に繋いでいた4TBはあるHDDも接続してみたのですが結果は全く同じでした。

 

せめて事前に面倒臭がらずリカバリーメディアなどを作成していればまた違った結果になっていたかもしれませんが、もしそうなっていたとしたら僕はそもそもこの記事を書いてはいなかったでしょう。

 

あの瞬間、もし過去に戻れたら……なんて考えが思わず頭をよぎりましたが、タイムリーパーでもなければトラベラーでもないただの引きこもりである僕に、そんな力なんてある筈はありません(というか、そもそもそんな力があったらまず引きこもり自体なっていないと思います)。

 

結局その時の僕に出来た事といえば、昨日まで元気に動いていたのに今やすっかり変わり果ててしまった相棒を後悔と絶望の中、強制的にシャットダウンする事だけでした。

 

 

 

 

冒頭で僕はパソコンが壊れるのは引きこもりにとって大打撃だと書きましたが、もしこれが都会に住んでいる方で外にすらも出られない……という程の重度の引きこもりでも無ければ、お店に行って新しいパソコンを買ったり、或いは修理に出したりといった事は割と簡単に出来るのではないかと思います。

 

それに今の時代、ネットに関してはスマホもありますし、パソコンが壊れて困った……という事はもしかしたら昔ほどは無くなって来ているのかもしれません。

 

しかし僕が住んでいるこの糞田舎町に家電量販店的なお店などは皆無ですし、僕が引きこもり始めたのはスマホが普及するよりもずっと昔の20年以上も前の事です。

 

なので当然スマホなんて持っていませんし、パソコンが壊れてしまえば外界との繋がりが一気に無くなり何も出来なくなってしまいます。だから僕にとってはまさに大打撃というわけなのです。

 

正直自分のパソコンが壊れたという事は過去にもあった事なのですが、あの絶望感は何度味わっても本当に慣れませんね。

 

苦楽を共にしてきた親友を突然失ってしまった気持ちというのは、もしかしたらああいう感じなのかもしれません。

 

実際その日は絶望のあまりもう何も手につかず、まだ寝るような時間じゃない内からベッドに入ってふて寝を決め込んでしまったのですが、こんな毎日が続けばいよいよ僕の精神状態が取り返しのつかないレベルに達しかねません。

 

なので次の日から、僕は新しいパソコンを買う為の行動を起こす事に決めたのでした。

 

 

 

 

確かにパソコンは壊れてしまったのですが、僕にはあともう一つだけ希望が残されていました。

 

実は僕はスマホこそ持っていないものの、パソコンの他にタブレットを持っているのです。

 

そもそもこのタブレットはゲームの攻略サイトや攻略動画の閲覧用に買ったもので(ゲーム中にそういったサイトや動画を見る為に、いちいち机の前に座るのは面倒だなと思ったので)、こういう事態を想定して買っておいた……というわけではなかったのですが、まさに「備えあれば憂いなし」とはこの事です。

 

そこそこ値段の張る買い物だったと記憶していますが、実際ゲーム中には役に立ってくれていますし、何より今回のようなケースの事も考えるとやはり買っておいて正解だったなと思いました。

 

一瞬このタブレットさえあれば無理して新しいパソコンを買う事も無いのでは……とも思ったのですが、今度はこのタブレットも壊れてしまったらいよいよ僕は本当に詰んでしまいます。

 

なので手痛い出費ではありましたがやはり新しいパソコンを買った方がいいという結論に至り、その日は朝早くから僕の新たな相棒となってくれるパソコンを探す為に、タブレットでひたすら検索するという作業を開始する事となったのでした。

 

 

 

 

しかしその後……キーボードと比べていまいち慣れないタッチ操作での検索に悪戦苦闘しながらも数時間が経過したのですが、困った事にいい感じのパソコンに巡り合う事がなかなか出来ません。

 

僕は基本的にパソコンはネット閲覧さえ出来ればそれで良いので、あまりスペックの高いものを求めているわけではないのですが、かといってあまりにスペックが低すぎても困ってしまいます。

 

ちょうどいいスペックで値段的にもちょうどいい……そんなパソコンが僕の理想なのですが、そんな都合の良い物が同じように都合良くはなかなか見つからないものです。

 

中古のパソコンもいくつか見てみたのですが、そこそこのスペックのものがやはり中古だけに新品よりも安く売られたりしているのも見て「いっそ中古でもいいかもな」なんて思いつつ僕は検索を続けて行くのですが、そんな時あるショッピングサイトを見ていた所、一つのノートパソコンが僕の目に留まりました。

 

価格は恐らく以前使っていたパソコンと同程度。CPUに関してはやや劣るようですがメモリやSSD容量は以前使っていたパソコンの倍はあり、おまけに見た目もなかなか格好いい。

 

前のパソコンとほぼ同額でメモリやSSD容量が上の物を買えるならお得だなと思いつつ、僕は再びページを読み進めていくのですが、そこで僕は更なるお得情報を見つける事となります。

 

何と今なら期間限定のクーポンを使えば、元の値段から14000円引きで買えるというではありませんか。

 

あまりのお得さに思わず条件反射で飛びつきそうになる僕。

 

しかし同時にまだ辛うじて残っていた僕の理性が、果たしてそんな旨い話が存在するのだろうかと疑問を投げかけてきます。

 

それにそのパソコンのメーカー自体も今まで一度も聞いた事がないようなメーカーだったので調べてみた所、どうやら中国系のメーカーである事が分かりました。

 

なので正直、本当に大丈夫か?とも思ったのですが、これも調べてみた所、そういう怪しい中国系製品を扱っているサイトにありがちな日本語が変になっていたり……みたいな所も見られなかったですし、そのパソコンやショップ自体の評判も、とても良いようです。

 

その後、他のパソコンも軽く調べてみたのですがやはりこれ以上の好条件のパソコンは見つからず、何より朝から検索に次ぐ検索で、僕は肉体的にも精神的にもすっかり疲れきっていました。

 

結局それが決め手となり、色々と逡巡しつつも「(やはり、これしかない)」……と、最終的にそう結論を出した僕はすぐさまクーポンを獲得し、購入手続きを進めていく事となったのでした。

 

 

 

 

そして現在……今僕はそうして手に入れた新たなパソコンで、この記事を書いています。

 

正直今回の件は僕のパソコンに対する認識やら知識やら、色々な甘さが招いたせいで起こった事だとしか言えません。

 

思えばパソコンを使うようになってだいぶ経ちますが、それで今まで何をやってきたかといえば毎日ダラダラとネットを見て、動画を見て、音楽を聴いて、たまにネットショッピングして……って、それくらいでしたからね本当に。

 

ネットを見るにしても、こういった事態に陥らないために対処方法が書かれたサイトを見て、事前に少しでも学んでいればまた違った結果になっていたかもしれませんが、僕はやはり不器用かつ怠惰な人間です。

 

なので、そうやって失敗を犯さないように事前に策を講じて立ち回るような器用な真似は、僕の最も苦手とする所なんですよね。

 

結局僕はそんな風に、どこまでいっても失敗し続ける事でしか学ぶことの出来ない人間なのだと思います。

 

その学びの為の出費はなかなか大きなものとなってしまったわけですが、それでも自分が以前使っていたパソコンよりもスペックの良い物を、前のパソコンよりも安い値段で手に入れられたわけですから、やはり結果的に考えると良かったなと思います。

 

パソコン自体も今のところ何の問題もなく快適に使えていますし、それにあの後購入した新たなUSBでリカバリーメディアもしっかりと作っておきました。

 

他にも再びこのような事態が起きた時の対策として、パソコンのトラブルについての動画なども見て勉強するようになりましたし、今回の失敗を糧に新たに手に入れたこの相棒を、再び不測の事態で壊すことなく出来るだけ長く使っていけたらと思っています。

 

 

 

 

……結局のところ、今回の内容はパソコンが壊れて新しいパソコンを買ったというご報告なわけなのですが、何だか気が付いたら思いのほか長文になってしまいました。

 

ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。

 

相変わらず自分のペースでしかブログを書けない人間ではありますが、こうして新しいパソコンも手に入れた事ですし、ブログを書く事はまだまだ続けていきたいと思っているので、気が向いた時にでも覗きに来てくださると嬉しいです。

 

もしかしたらその時に、ひっそりと更新されてたりするかもしれませんので。

 

 

 

 

それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

自由の代償

ついこの前「あけましておめでとうございます」と新年の挨拶を言ったと思ったら、もう3月なんですね。

 

子供の頃は早く一年が過ぎてほしいと思っていたものですが、こうして大人になってみると季節の移るスピードがやけに早く感じられて、かつて大人たちが言っていた「一年なんてあっという間」という言葉が身に染みて分かるようになりました。

 

まあこれは、引きこもっているせいもあるかとは思いますけどね。

 

 

 

 

 

そして少し前に父が誕生日を迎えたのですが、その日を境に以前にも増して父が死んだ後の事を考える事が多くなった気がします。

 

父が一つ歳を取ったという事はこれで父の死がまた一歩、確実に近づいたという事。

 

だから父の死というものを以前よりも僕が、よりリアルに感じられるようになった……というのが、きっとその理由ではないかと思います。

 

 

 

 

このブログ内で散々恨みつらみをぶつけ死を願ってきた父ではありますが、父が死ぬという事は今まで父が行ってくれていた分の作業がすべて僕に降りかかってくるという事でもあり、その面倒さを考えると正直手放しでは喜べないなと感じています。

 

叔父はまず確実に面倒臭がって助けてくれないでしょうし、僕自身も父が死ねば、これまでのように完全に引きこもって過ごすという訳にはいかなくなるでしょう。

 

……と言っても働くとかそういう意味ではなく、日常生活においての話です。

 

毎日の食べる物の買い出しとか、その他諸々とか……まあ食べ物に関してはネットスーパー等を使うという選択肢もあるとは思うのですが、ゴミ出しなんかもありますし、事の大小に関わらず外に出なければならない瞬間というものは嫌でも確実に訪れます。

 

 

 

 

そしてそうなってくると感じるのが、周囲の目というものです。

 

20年以上も引きこもっている僕が外をうろつき始めたら、近所に暮らす人々は僕の事をどう思うでしょうか?

 

恐らく気持ち悪いだとか、何か事件でも起こすんじゃないかだとか、そういうネガティブな視線で見られる事はまず間違いないでしょう。

 

それにもし万が一、かつての同級生とバッタリ鉢合わせでもしたらと思うと正直怖くてたまりません(お互い気付かない可能性もあるとは思いますが)。

 

「そんなの20年以上も引きこもり続けたお前の自業自得だろ」という声もあるかと思います。

 

ですが僕だって引きこもりたくて引きこもりになったわけではありません。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、僕はこの町のせいで引きこもりにされたようなものなのです。

 

 

 

 

このブログでも何度も書いているように僕は幼稚園を卒園した後、父のせいでこの糞田舎へと引っ越す羽目になります。

 

そこでどういう経緯があって引きこもりになったのかは是非これまでのブログを読んで確かめていただきたいのですが、今でもどうして僕があんな扱いを受けなければならなかったのか正直理解する事が出来ません。

 

学校での僕は自分でも言うのも何ですが勉強は出来た方でしたし、イタズラ等をして誰かを困らせた事も無ければ、もちろん誰かをいじめるような事も断じてした覚えはありません。

 

少なくとも学校生活において人を傷つけたり、嫌われるような事をした覚えはないと胸を張って言えます。

 

だと言うのに何故か周りの僕への風当たりは強く、テストでいい点を取って褒められるよりも、それ以上に苦手だった体育の授業で怒られたり馬鹿にされる事の方が圧倒的に多かったですし、友達もほぼおらず、いつも一人で過ごす事の多かった僕を陰からコソコソと嘲笑するような声も何度も聞きました。

 

ただこの事を思い出す度にいつも思うのですが、運動が苦手だとか一人で過ごす事というのは、そんなに悪い事なのでしょうか?

 

昔からよく言うじゃないですか。今の環境が辛いなら、まずは自分を変えてみようみたいな事。

 

でも僕はこの言葉を聞く度に「自分は何も悪くないのに、どうして変わらないといけないんだろう?」と疑問を感じずにはいられませんでした。

 

 

 

 

 

僕は運動が苦手だったり、友達が少ない事もまた個性の一つなのではないかと思っています。

 

だから無理して変える必要なんか全くないし、むしろそれを悪い事だとか変な事だと捉えて馬鹿にする相手側の方に圧倒的に問題があると思います。

 

運動が苦手な子がいるなら運動が得意な子が支えてあげればいいし、今度は支えられたその子が自分の得意な事で相手を支えてあげればいい。

 

友達が少なかったり全くいないという人がいても、「この人は大勢で過ごしたりするのが苦手なんだな。そういう人だっているよな」で済む話です。一人で過ごす事のどこに馬鹿にする要素があるのか、僕には全く分かりません。

 

多様性が叫ばれる昨今、こういう事に関しても少しづつ理解が進んでいく事を僕は心から願っていますが、僕が子供の頃は多様性などと言う言葉はありませんでしたし、ましてやここはそんな繊細な言葉とは無縁の糞田舎。

 

それに僕が子供の頃はもう時代は平成に入っていたのですが、それもまだ初期の話……しかもこんな糞田舎ですから昭和のアホみたいな風潮がまだまだ色濃く残っていたわけです。

 

そしてそんな所に外からやって来た僕は、やはりこの町の人間から見たら異物という事だったのでしょう。

 

僕という個性を認められない、或いは理解する事が出来ない学校の教師やクソガキ共、何より彼らをそういう風に育てて来たこの町の風土が僕を引きこもりにしたのです。

 

 

 

 

そしてそんな風に自分たちのせいで僕という引きこもりを作り出した癖に、いざ僕が外に出たら、今度は上述のように気持ち悪いだの何だのと言われなければならないと言うのでしょうか?

 

だとしたら、それはあまりにも酷過ぎるというものです。

 

……と言っても僕があくまで勝手に怖がってるだけだと言われたらそれまでですし、近所の人たちが僕が出てきた時どんな反応をするかは実際にその時になってみなければ分かりません。

 

でも僕はやはり、その時を迎えるのが怖い。

 

父が死んで得られる自由と同時にやって来る代償が、僕には怖くてたまらないのです。

 

まあ結局の所、まだいつになるかも分からない未来の話をこうしてうだうだ書き連ねた所で何の解決にもならない事は、自分が一番分かってはいるのですけどね……。

 

 

 

 

それでは今回はこの辺りで失礼致します。