近況報告⑨

9月28日の事です。

その日の午後、僕と父はいつも行くスーパーやドラッグストアで買い物を済ませ15時30分頃に帰宅しました。

面倒だなと思うと同時に、僕にとってはそれなりに良い気分転換にもなっている買い物はその日も何事もなく終わり、あとは買ってきた商品を冷蔵庫などに移すだけ。

さてもうひと頑張りするかと、そうして僕が父よりも一足先に家の中に足を踏み入れ、バッグの中から商品を取り出している時に事件は起こりました。

突然玄関の方から物凄い音がしまして「何だ?」と思った僕が慌てて駆け寄ると、そこには玄関に倒れ込んでいる父の姿があったのです。

どうやら父は玄関で躓いてしまったらしいのですが、正直ちょっと躓いた程度であれば僕はこうしてブログを更新してはいなかったでしょう。

にも拘わらずこうしてブログを更新しているという事は、皆さんもお察しの通り「ちょっと躓いた程度」では済まない事態に陥ってしまったからです。






予てから僕のブログを読んで下さっている方であれば、近況報告⑥で父が脳梗塞を発症した際、血の巡りが良くなる薬を処方されたと書いた事を覚えていらっしゃる方もおられるのではないかと思います。

父は今もその薬を飲み続けているのですが、血の巡りが良くなるという事は要するに血液がサラサラになるという事。

しかし一見良い事にしか思えないその効果が、今回ばかりは悪い方向に働いてしまったようで……父は躓いた際に鼻の頭を切ってしまったらしいのですが、血液がサラサラになりすぎたせいで、そこからの出血が止まらなくなるという事態に陥ってしまったのです。

どれだけティッシュで抑えても血は止めどなく溢れてきてしまい、玄関はまさにちょっとした血の海状態。父の服やズボンにも血はあっという間にどんどん流れ落ちていき、父の姿はまるで返り血を浴びた殺人犯の様になってしまいました。

そしてその後一向に血が止まる気配は無かった為、僕は父の指示で父のスマホを借りて市の診療所に電話する事に。

慣れない電話で緊張しましたが何とか診て貰える事になった為、その後は父の運転でその診療所に向かう事になりました。

長距離だったらちょっと危なかったかもしれませんが、その診療所は車で行けば大した距離ではなかったので、それに関しては幸いでしたね。






そして診療所にたどり着いた僕と父は、直ちに治療を受ける事になったのですが、正直に言うと事態は大して良くはなりませんでした。

先生や看護師さん方が何とか父の出血を止めようと様々な手を尽くして奮闘してくれたのですが、それでも出血は止まらず、最終的に「ここでは無理だ」という判断になり父は救急車で大きな病院へと運ばれる事になりました。

そして救急車には僕も同乗する事になり、救急隊員の方に僕から父の事故の状況や、父の健康状態を話したり、あとは父に代わって僕が父の身分証を提出したりとそんな事をした記憶があるのですが、具体的にどんな事を話したかなどについては、申し訳ありませんがあまりよく覚えてはいません。

何せ救急車に乗るなんていうのは40年近く生きてきて初めての経験でしたし、その緊張に加え、救急車の車内がとにかく揺れるんですよ。

なので色々な意味で乗り物に弱い僕は途中で気分が少し悪くなってしまい、父が出血と戦っている横で人知れず吐き気と戦う羽目になってしまったのです。

たぶん話の内容をよく覚えていないのは、きっとそのせいなのではないかと思いますね。






しかし幸いにも、思ったより短時間で救急車は病院へ到着。

父が治療室へ運ばれたのを見届けると、僕は救急隊員の方の案内に従って父の保険証を提示したり、あとはまたしても父の体に関する質問に答えたりしながら廊下に設置された椅子に座って待つ事になりました。

僕自身は時計は持ち歩いてはおらず近くに時計も設置されてはいなかった為、具体的にどれくらいの時間待つ事になったかは定かではないのですが、体感的に言えばだいぶ待たされたような感覚がありましたね。

そして「(まさかとは思うが、このまま入院なんて事になるのだろうか?)」…などと僕が思っていると、治療室から看護師の方が現れ「治療が終わりました」との報告が。

その後治療して下さった先生から説明を受ける事になったのですが、その先生曰く、父は鼻の静脈ではなく動脈の方が傷ついてしまったせいであんなに大量の血が溢れる事態になってしまったらしく、その傷ついた動脈を焼く事で止血をしたと語っていました。

その話を聞いた時、僕は昔プレイした海外のゲームで、指を切り落とす事になった男性が焼いた金属の棒を押し付けて止血をしているシーンを思い出して思わずゾッとしてしまったのですが、後で家に帰った時に調べてみた所、そうした治療法というのは割と一般的に行われているらしいです。

それに病院ではもちろん精密な医療器具を使って治療を行う上に麻酔なども使う為、患者は痛みを感じずに止血する事が出来るのだとか。実際その治療室の中から父の痛がるような声が聴こえてきた事も無かったですしね。

その他にも色々と先生から説明を受けたのですが、僕としても色々と慣れない事を経験して非常に疲れてしまった為か、正直覚えているのはそれくらいです。

そしてその後は治療費を支払った後、病院の方にタクシーを呼んでいただいて車を止めてあった診療所までタクシーで向かい、父の車に乗り換えて漸く帰宅という流れになったのですが……いやぁ、人生って本当に何があるか分からないですね。

僕自身もそうですが、何より事故に遭った父自身も、まさかあんな事になるとは玄関を開けるまで微塵も思っていなかったのではないかと思います。

ちなみに今の父の様子ですが、今の所また躓くような事も無ければ再び血が噴き出す様な事も無く、とりあえず無事に過ごせております。

父はこの後もその病院には何度か通う必要があるようなのですが、僕としてもあんな面倒な目に遭うのはもう懲り懲りなので、父にはこれまで以上に気を付けて過ごして貰いたい所ですね。

何度も言いますが、これ以上父に面倒をかけられるのは本当に懲り懲りなので。

 

 


それでは、今回はこの辺りで失礼いたします。

近況報告⑧

脳梗塞を発症してしまった最近の父の様子ですが、まだ歩き方にぎこちなさは見えるものの、ついに杖を使わずに歩く事が出来る様になりました。

その他にも僕が肩代わりしていた洗い物も再びこなせるようになりましたし、更にはゴミ捨ても大丈夫かと聞いたところ「たぶん大丈夫だ」という答えが返って来たので、次のゴミ捨ての日からは今まで通り父に任せてみようかと思います。

あの先生もじっとしているよりは適度に動いた方が良いと仰っていましたし、少々不安ではありますが、家とゴミ集積所を往復するくらいならたぶん大丈夫でしょう。

何はともあれ、これで面倒な家事の半分からは解放されて僕としては非常にホッとしております。

特に朝はきつかったですね……洗濯に加え洗い物、あとは暑い日中に外に出るのが嫌なのでゴミ捨ても早朝の内に行ったり、更に父がまだ碌に動けなかった頃は父の食事まで僕が用意しないといけませんでしたから(まあこれは僕が朝食を作ったというわけではなく、スーパーで買ってきた食べ物や飲み物を用意するだけでしたが)。

とにかく面倒な作業の殆どが朝に集中していて、ヒキニートであるが故に体力に全く自信のない僕は朝からとても疲れてしまう事も多かったのですが、世の中の主婦の皆さんはこれらの家事に加えて朝ご飯も自分で作ったりしているわけですから、本当に頭が下がります。

僕の母は家事が苦手な人だったので料理や洗濯などは祖母が行ってくれていたのですが、今考えると祖母はあの老齢で文句の一つも言わずにそれらをこなしてくれていたわけですから、本当に凄い人だったんだなと改めて思いますね。






……さて、話はガラリと変わりますが、皆さんの家のご近所には「正直苦手だな」と感じる方って住んでいたりはしないでしょうか?

僕にはいます。

それが我が家の向かいに住んでいるご夫婦の、奥さんの方でしてね。ちなみにこのご夫婦には息子さんが二人いらっしゃるのですが、その弟さんの方は僕が通っていた小、中学校の一学年先輩でした。

僕が小さい頃は何度か一緒に遊んだ記憶もあるのですが、僕が不登校になったりした事で次第に疎遠になってしまい、今は家を出たという事までは分かっているものの、どこでどんな風にして暮らしているかについては僕は全く分かりません。

……で、この奥さんの何がそんなに苦手なのかという話なのですが、上述したように僕は父と家事を分担して暮らしていまして、その内洗濯は以前から僕の仕事となっています。

そしてこの季節に特に多いのですが、洗濯物を干していたら晴れていた天気が急変したり、天気予報で晴れる晴れると言っておきながら結局雲は晴れずに、終いには雨が降り出してしまう事ってよくありますよね?

そうなるとその奥さんは態々、僕の部屋まで聞こえるような大声で「○○さん、雨だよ!」と教えてくるのです。彼女自身が外で植物の世話などの作業をしている時、或いは家にいる時でも態々自宅の窓を開けて、僕の部屋に向かって叫んでいた事もありました。






ここで皆さんに質問なのですが、皆さんはこの奥さんの話を聞いてどう思いましたか?彼女の事を少しでも「親切な人だな」と思ったでしょうか?

僕は正直、全くそうは思いません。

何故なら態々彼女に教えて貰わなくても、そんな事はこっちだってとっくに分かっているから。

特に一番苛つくのは「(雨が降ってきた)」と気付いて、洗濯物を取り込もうとベランダに向かおうとした時に「雨だよ!」と言われた時ですね。

こっちだってもうとっくに分かっている事を、態々あの大きくてうるさい声で言われた時の苛立ちは、本当に半端ではありません。

なので僕はその対策の為に、少しでも雨の気配を感じた時は外に干さないか、早めに取り込むことを心掛けているのですが、昨日は久々にやらかしてしまいました。

天気予報では、午前中は雲が多いが次第に晴れてくる……と言っていたので、溜まっていた洗濯物を洗って外に干していたのですが、むしろ空は晴れるどころか曇っていた天気が更に曇っていく始末。

流石にこれはまずいかと思った所で雨が降り出し、しかも丁度どこかに出かける予定だったらしく、運悪く外に出ていた彼女からまたしても例のアレを言われてしまったのです。

正直その雨というのも、しとしとという感じの小雨で少し時間が経てば上がるようなものだったのですが、ああ言われたからには何も行動しないという訳にもいかず仕方なく洗濯物を取り込む羽目になりました。

そして案の定すぐに雨は上がり、しかもこれまで曇っていたのが嘘のような快晴に。


その後洗濯物もまだ乾ききってはおらず、もう雨の心配も無さそうだった為、僕は再び洗濯物を干し直すという二度手間を味わう事になったのでした。






正直僕に言わせれば彼女のやっている事は親切でも何でもなく、単なるお節介に過ぎません。

態々僕に雨が降ってきたと教えれば彼女の心は「親切な事をした」と満たされるかもしれませんが、言われた僕の方は態々分かりきっている事を言われた上に彼女の声が非常
に大きくてうるさい為、ストレスとしか感じないのですから。


それに僕がヒキニートである事は、近所の皆さんにはもうとっくに知られています。


なので彼女はもしかしたら、「あの子はひきこもりの可哀想な子だから、私が助けてあげないと」……などと思っているのかもしれません。


申し訳ありませんが、余計なお世話ですよ。


僕は貴方が思うほど可哀想な人間でもなければ、雨が降っている事にも気づかないほど愚鈍で頭の弱い人間でもありません。


彼女にとっては悪意など全くないし、むしろ自分が迷惑をかけているなどとは微塵も思っていないのでしょうが、それが却って僕のプライドを傷つけている事に全く気付いていない。


それともやはり、人の好意や善意ですら迷惑だと感じてしまう僕の心が狭すぎるんですかね?


この問題、読んで下さった貴方はどう思ったでしょうか?






それでは、今回はこの辺りで失礼いたします。

近況報告⑦

前回の近況報告では父が脳梗塞になった事。そして8月1日に父が診察してもらった病院に脳神経の先生が来るので、その方に診察してもらう事になった事。そしてそれに僕も付き添う事になった事について書きました。

今回の近況報告では、その診察の結果について書いて行きたいと思います。






今回も前回ほどではありませんが朝早くから病院へ向かったものの、相変わらずあの病院ではだいぶ待たされてしまいました。

加えてその先生の話も長い上にお会計もだいぶ待たされたので、結局8月1日の午前中はまるまる潰れる羽目になりましたね。

父も前回処方された薬のお陰か一週間ほど前と比べるとだいぶ元気を取り戻しました。

なので正直僕が付き添う意味はあったのだろうかと思わなくもないのですが、看護師の方に勧められて僕も診察に立ち会う事になりましたので、間違っている所もあるかもしれませんが、これからその時に先生から聞かされた話を、自分が理解できた範囲や覚えている範囲で書いて行きます。






脳梗塞になった当初、父は体の左側に力が入らないと頻りに訴えていました。

先生によると体の左側を司っているのは右脳なので、右脳の運動神経の細胞が脳梗塞によってダメージを受けたのだと言います。

例えるなら100ある運動神経細胞の内、10が脳梗塞によってやられてしまい、今の父の体は90の運動神経細胞で動いている状態なのだとか。

父は「よりによって連休中に発症してしまったので、運が悪かった」と先生に零していましたが、先生曰く「本当に運が悪い人は脳梗塞が発症したら数時間で死に至る。その時に対応出来なかったのは申し訳ないが、これくらいで済んでむしろ運が良かったとも言える」……というような事も仰っていましたね。

そして一度失われた細胞は二度と元に戻る事はないが、薬やリハビリ、健康的な食生活を心がける事で、これから体を改善させていく事は出来る……との事でした。






……短くて申し訳ないのですが、正直僕が理解できたのはこのくらいです。

あとは父のこれまでの病歴を確認したり、同じような話が長く続いたので、最初は先生の話をしっかり聞いておこうと思っていた僕もいつの間にか上の空になってしまいましてね。

しかし終わり際に「息子さんは何か聞いておきたい事はありますか?」と話を振られたので、焦った結果「いやぁ……特には。僕は自分の出来る事で父の支えになれたらと思っていますから」などと、もっともらしい事を言って切り抜けました。

とはいえ、嘘を言ったつもりはありません。

以前の様にとはいかなくとも、父の体がもっとマシになるまでは僕が家事をこなすつもりでいますし、今回の様にまた病院に付き添ってほしいと言われたらその時は付き添うつもりでいます。

……まあ心境としては父の為というよりも、僕以外にやる人間がいないので仕方なくという感じなのですが。

それに家事も父の事も面倒だからと言って避けていると、後々更に面倒な事態になる事は目に見えていますからね。






そんな訳で「果たしてどういう結果になるのだろう」と、内心僕の方も非常に緊張していた今回の診察でしたが、これから改善の見込みはあるという事でひとまずホッとしております。

何せ一週間前の父の状態を見た時は、これはいよいよ父も本当に駄目かと思いましたから。

80代に突入した父ではありますが、昔から見た目は他のお年寄りと比べても若々しく見える方でしてね。

だから歳を取っても杖をついて歩いたり、ましてや漏らしてしまうような事態とは無縁だろうと何となく思っていたのですが、実際に父のそんな姿を目の当たりにした時は本当に様々な感情がこみ上げてきました。

しかし上述したように最近では処方された薬のお陰かだいぶ元気を取り戻したようで、少しずつではありますが出来る事も増えてきました。

僅かな距離ではありますが杖を使わずに歩く事も出来るようになりましたし、この前は体調的にずっとお風呂に入れない日々が続いていた為か、洗面所で一人で髪を洗っていましたね。

それに以前の様にバランスを崩して転倒するような事もなければ、漏らしたりする事もありません。やはり確実に快方に向かってきているのではないかと思います。






……ああ、そうだ。

そういえば一週間前に父が「来年の2月に免許の更新があるが、脳梗塞になったら更新は出来ないだろう」と言っていたのですが、アレはどうなるのかなぁ。まあ父が元気になるにつれて次第に言う事はなくなっていきましたけどね。

それに限らず、あの時は父の心もだいぶ弱っていたようで色々な不安を呟いていたのですが、確かに買い物は父の運転に頼っている現状、もし免許を更新出来ないとなったら何かしら対策を考えないといけないでしょうね。

やってくれるかどうか分かりませんが、父が入院した時の様にまた叔父に買い物を頼んでみるか、それともいっそネットスーパーなどで買うようにするか……。

実際、今回病院に行く時も父の運転は隣で見ていて何の問題もなかったのですが、一度でもそういう病気を発症してしまったらもう免許を更新する事は出来ないのでしょうか?

運転免許を持っていない僕にはよく分かりませんが、これ以上面倒な事態にならない為にも父には今まで以上に早く回復に努めて貰いたいと思いますね。






それでは、今回はこの辺りで失礼いたします。

近況報告⑥

6月の涼しさはどこへやら……。


蓋を開けてみたら結局猛暑となってしまった7月下旬、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

最近急激に暑くなったせいか熱中症の方が急増しているようですが、皆さまの体調に変わりはないでしょうか?

僕自身は今の所、熱中症にもその他の病気にも罹る事はなく、体に関してはそれなりに健康な毎日を送れているのですが、先日父が冬の肺炎に続いてまたしてもある病気に襲われる事となった為、今回の近況報告ではその病気の事について書いていきたいと思います。






今から一週間前の7月18日の土曜日……この日父は市の健康診断に出かけていたのですが、その日の夜、僕は父の足取りが何だか少し覚束ない事に気づきました。

夕食時は僕がご飯をよそい、父が味噌汁をよそってテーブルまで持っていくというのが基本のパターンなのですが、何だかその味噌汁を運ぶ足元がふらついているので僕がどうしたのかと聞くと、父は「健康診断の会場でふらついて倒れて、膝を痛めた」と言うのです。

当初それを聞いた僕は、もしかして熱中症にでもなったのかと思いました。

父本人もその時はあまり深刻には捉えていなかった様ですし、僕も熱中症なら水分を摂って涼しい部屋で休んでいれば大丈夫だろうと思ったのですが、その次の日曜日になっても父の体調は一向に回復しないどころかどんどん悪化していき、更にその次の月曜日になると「体に上手く力が入らない」と言い、ついには祖母が生前使っていた杖を使わないとまともに歩けなくなってしまいました。

流石に僕もここまで来ると「これは熱中症じゃないかもしれない」と思い、病院へ行くことを提案したのですが、よく考えてみたら月曜日は7月20日。祝日という事で殆どの病院はお休みです。

ならば救急車を呼ぶかと提案したのですが、父曰く「祝日に救急車を呼んだら、開いている病院を探した結果ここからずっと遠くの病院に搬送される可能性がある。それは嫌だ」というので、仕方なく次の日である火曜日を待って病院に行く事に。

父は歩くのは困難となってしまいましたが何とか車の運転は出来るようで、その日の朝に自分で車を運転して一人で病院へと向かいました。

こんな時僕が車を運転出来れば良かったのですが、かつて教習所で苦い経験をした僕は自動車免許を持っていません。なので父には申し訳ないと思いつつも、病院へと向かう父を黙って見送るしかありませんでした。






そして父が出発してから4時間くらい経ってすっかりお昼過ぎになった頃、ようやく父が戻ってきました。

出迎えた僕がどうなったか聞くと父は、とりあえず痛み止めの薬や湿布を貰った事と、7月24日に別の病院で脳のMRI検査をしてくるように言われたと語り出しました。

更にはその病院が初めて行く病院である事や、そろそろ買い物にも行かなければならないが今の状態で買い物をするのは困難という事で、その日は僕にも付き添ってほしいと頼まれたのでした。

……という事で昨日は朝早くから父の予定に付き添う事となったわけですが、流れとしてはまずMRI検査をしてくるように言われた病院で父の脳のデータが入ったCD‐ROMを貰い、そうしたら次は父が火曜日に行った病院まで戻ってCD‐ROMを提出。

そしてその結果を基に診察を行い、それが終わったら買い物して帰宅……という感じだったのですが、いやぁ……本当に疲れましたよ。

MRI検査をした病院では予約されていたお陰か割とスムーズにいったのですが、火曜日に行った病院の方でだいぶ待たされましてね。

そして買い物を終えて帰宅した時にはもうすっかりお昼過ぎになっており、普段ほぼ12時ちょうどに昼食を食べ始める我々としては、いつもよりだいぶ遅めの昼食をとる事となったのでした。






さて……それでいよいよ父の病気の正体についてなのですが、やはり僕も父も何となく予想していた通り「脳梗塞」との事でした。

僕は診察室まで付き添ったわけではないので詳しい話は分かりませんが、今回の診察で父は血の巡りを良くする薬とやらを処方されたらしく、その薬は普通なら朝食後に飲むものらしいのですが、診察した先生に「帰ったらすぐに飲んでください」と言われたのだとか。

加えて8月1日に脳の先生が来るらしく、今度はその方に診て貰う事になったようでその時も今回同様、僕に付き添いを頼まれました。

……という事で現在僕は、父と僕とで分担して行っていた家事の内、父の役割であった洗い物やゴミ捨てなどもこなす事になり、現状家のほぼ全ての家事を一人でこなしている状況です。

更には……ちょっと汚い話になって申し訳ないのですが、杖を使わないと上手く歩けず体に力も入らないという事で、父は何度かトイレに間に合わずに漏らしてしまった事もあり、その漏らしてしまったズボンやパンツを洗濯した事もありました。

せめてもの救いは、それらが全部小さい方だった事ですかね。






そして今の所、そんな僕を叔父が助けてくれる気配はありません。

まあ肺炎で父が入院する事になった時とは状況が違って今回は父も家にいますし、加えて車の運転も一応出来るという事で自分が動く必要はないと思っているのか……。

しかし考えてみれば叔父は父の弟ではなくて母の弟なので、結局の所叔父から見れば父は血の繋がりも何もない、母と結婚しただけの赤の他人に過ぎません。

加えて父と叔父は性格の相性も悪く、同じ家に暮らしていながらお互いに関わる事を避けているような状態です。

父が入院した時は叔父に買い物を頼んでいたのですが、やはり叔父としても自分が食べる物を確保しなければいけなかったからこそ引き受けてくれていたのでしょう。

しかし先ほども書いたように、父はいま入院ではなく家にいて車の運転も一応出来る状態ですし、家事の方も正直大変ではありますが、今の所僕一人で何とかやれている状態です。

であれば、面倒臭がりで自分のやりたくない事は絶対にしようとしない叔父の事ですから、やはり「そんな面倒事には巻き込まれたくない」というのが本音なのでしょう。

しかも父の事を嫌っているのであれば尚更……という事なのだと思います。






そして正直、その気持ちは僕も同じです。

初期からこのブログを読んで下さっている方ならもうご存じかと思いますが、僕もいろいろあって父の事は嫌いです。

一時は殺したいほど憎んでいた時期もありましたし、今でも父に対する憎しみや嫌悪が消えたわけではありません。

こうして父の世話をする事になった現在も、父に対して「心配だ」という感情よりも「面倒な事になった」という感情の方がずっと強いくらいですが、だからといって見殺しにするわけにもいかないので仕方なく面倒を見ている……というのが正直な心境ですね。

せめて一人くらいきょうだいでもいて、家事を分担できればまだ良かったんですけどね……こういう時一人っ子は辛いです。……いや、そもそも一人っ子で良かった事なんて殆ど無かった気がするなぁ。






そんな訳で脳梗塞となった父や僕たち家族が今後どうなっていくかは全く分かりませんが、最近は父も食欲が出てきたようで僕が用意した食事(料理は出来ないので冷凍食品や出来合いの物ばかりですが)は完食するようになりました。

確かに数日前と比べると少し元気になったような感じはしますし、上述した薬を飲んでこれからリハビリなどにも励んでいけば、もしかしたら父の体調も更に良くなっていくのかもしれません。

僕としても正直こんな面倒事はもうこりごりなので、出来れば何とか回復の方向へ向かってもらいたいものです。

……まあ何はともあれ、まずは8月1日の通院でどうなるかですね。

その時に進展や何か分かった事があれば、またこうして報告したいと思います。






それでは、今回はこの辺りで失礼いたします。

近況報告⑤

ワールドカップ、日本は惜しくも敗退してしまいましたね。

僕はあまりサッカーには興味は無かったのですが、今回は比較的見やすい時間帯での放送が多かった事と、野球よりはまだ少しサッカーの方が好きという気持ちも手伝い、スウェーデン戦まではリアルタイムで見ていました。

僕は運動音痴ゆえ基本スポーツは嫌い……というか、むしろ憎しみすら抱いている側の人間なのですが、そんな僕でも試合は思わず熱中して見てしまったので、こうしてサッカーが世界中で人気になる理由も少しだけ分かるような気がしました。

今回はそんなワールドカップ真っ只中の、6月中旬から6月下旬の近況報告をさせていただきます。





まず一つ目……本格的な夏の到来を前に、髪を切りました。

特に前髪なんてもう目を完全に覆ってしまっていたので、髪を切った事でいちいち髪を振り乱さなくても視界がハッキリと見えるようになった時は、軽く感動すら覚えましたよ。

……と言っても、そこはヒキニートおじさんことこのジョン・ドゥ。床屋や美容室に行って髪を切ってきたというわけではありません。

自分の場合はもう、髪を切る時は完全にセルフカットです。子供の頃は親に切って貰ったりしていた事もあったのですが、10代後半あたりからは流石に恥ずかしくなって自分で髪を切るようになりました。

一応自分が歩いていける距離に床屋が一軒、ポツンとあったりもするのですが、理容師の方に至近距離で密着され、なおかつ「こういう風にしてほしい」だとか雑談などの会話にも応じなければならないというのは、僕には正直ハードルが高すぎましてね……。

加えて、昔セルフカットを始めたばかりの頃に盛大に失敗した事があり、その時父に床屋に連れていかれた事があったのですが、そこのご主人がまた嫌な感じの人だったというのもそうしたお店が苦手な理由の一つです。

僕が言えた義理ではありませんが、その人は愛想も悪くて常に不機嫌そうにしており、全体的に威圧感のある感じの男性でした。

そして僕の番が回って来た際、セルフカットに失敗して落ち込んでいる僕に対して、その方から説教のような馬鹿にするような感じの事を言われましてね……。

それがきっかけで、「もうセルフカットなんてやめよう」どころか、反対に「もう二度と床屋なんて行くか」と強く思うようになり、それからはますますセルフカットにこだわるようになりました。

自分の不器用さは自分が一番よく分かっているので今でも別に上手いとは思っていないのですが、今まで回数を重ねた事で何とかギリギリ変に見えない程度には出来るようになったのではないかと思います。

ひきこもりでもそういったお店に散髪に行ける方というのはいるみたいですが、それはやはり理容師の方が理解のある方だったりするからなんでしょうね。

……悲しいですが、少なくともデリカシーなんていう言葉すら知っているかも怪しそうなこの糞田舎では、残念ながらそれは見込めなさそうです。





次に二つ目なんですが、居間のテレビが壊れまして新しいテレビを買う事になりました。

その日のお昼までは何事もなかったように動いていたのですが、夕方になって父がテレビを点けた途端、声は出るのに映像が出ないというテレビのアイデンティティを問われるようなアクシデントが発生しましてね。

その後何をやっても映像が出る気配はなかったので、諦めて結局新しいテレビを買う事となったのでした。

我が家の居間のテレビはこれでもう何代目になるか分からないくらい代替わりをしているのですが、その壊れたテレビに貼ってあったシールを確認した所、そのテレビは2016年製の物だとの事。

つまりこのテレビはちょうど10年間、我が家の居間に楽しい時間を提供してくれていた事になります。

ネットでも軽く調べてみた所テレビの一般的な寿命は8~10年と出たので、たぶんあのテレビも寿命を全うしてくれたんだなと信じたいですね。

そしてそんな先代に感謝しつつ次の日に父が新しいテレビを買って戻って来たのですが、流石に80代に突入した父に準備の全てをさせるのは気が引けるという事で、仕方なく僕も手伝う事に。

テレビを立たせるためのスタンドやら転倒防止の器具やらをネジで固定したり、父に代わって僕が初期設定を済ませたり……思いのほか疲れましたが、無事映像が映し出された時はホッとしましたね。

この新しいテレビが今度は果たしてどれくらいまでもってくれるのかは分かりませんが、なるべく長い間見られる事を祈るばかりです。





……ちなみに僕の部屋にもテレビはあるのですが、こちらは2016年よりも更に前の2009年製なのにも拘らず、未だに元気に動いております。

ネットに書かれてあった一般的な寿命を7年オーバーした17年もの間使用しているわけですが、それでも映像は綺麗に映りますし、一向に壊れる気配がないんですよね。

一体居間のテレビと何が違うというのか……。

最新機種への憧れも無いわけではないですが、むしろここまで来ると、あと何年もってくれるかの方に興味をそそられますね。

今年で17年ですから、ぜひともあと3年はもって20周年を達成して貰いたい所です。





それでは、今回はこの辺りで失礼いたします。

近況報告④

暑くなったり寒くなったり、気温の変化著しい5月下旬……皆さまいかがお過ごしでしょうか。

僕の方は3月頭から悩まされていたアトピーがだいぶ落ち着いて参りまして、ホッとしている所です。

寒暖差などの影響もあってかまだ湿疹が出てしまう事もあるのですが、それでも花粉がピークを迎えていた時期と比べると、湿疹のレベルみたいなものはだいぶ下がって来たかなという印象ですね。

頻度も下がっていますし、出たとしても小さいのがポツポツといった事が多く、3月、4月にあった下半身に大量の湿疹が……みたいな事は、ほぼ無くなってきました。





しかしそんな風に喜んでいられるのも束の間。あともう少ししたらジメジメとした梅雨がやって来て、それが明けたらいよいよ僕の一番苦手な季節である夏がやって来ます。

今年も酷暑になると言われているので今から戦々恐々としているわけですが、これから夏に向けて気温やら湿度やらが上がって来ると困るのが虫なんですよね。

都会にお住まいの方にはいまいち分からないかもしれませんが、こんな田舎で暮らしていると普通に虫が家の中に入って来ることが多々あります。これからの季節は特に。

ゴキブリに関しては父がしっかりと対策しているようなので今年に入ってからはまだ見た事はないのですが、逆に言えばそれ以外の虫に関してはチラホラと見かける事が増えてきました。

蜘蛛……は他の虫を食べてくれる益虫なのでまだ良いのですが、ムカデやらナメクジやら……特にムカデはどこから入って来たのか知りませんが今まで僕の部屋に現れた事も何度かありましたし、更には足を噛まれた事もあります。

あとは未だに正式名称が分からないのですが、ムカデと海老を合体させたような謎の虫も何度か家に入って来た事がありましたね。

こいつは見た目もキモい上に結構大きいので、遭遇すると毎回ギョッとします。

……しかしだからと言って、虫を怖がっていては田舎で暮らしていく事など到底できません。

僕もかつては虫が大の苦手だったのですが、殺らなければこっちが殺られる(?)的な精神で頑張ったお陰で、今では虫と遭遇したらもう何の感情も持たずに処理する事が出来るようになりましたよ。

まさに歴戦の暗殺者もかくやというレベルです。……まあ、流石にそれは言い過ぎかもしれませんが。





……と、このように、これからの時期の田舎はまさに虫との戦いです。

もし都会に暮らしている方で「あー、都会の生活にも疲れたなー。田舎にでも移住してのんびりしたいなー」などと思っている方が万が一にもこれを読んでくださった場合、悪い事は言いません。今すぐにそのナメた考えを捨てて、都会での暮らしに戻る事をお勧め致します。

大体田舎でのんびりできると思っているのが、そもそもの間違いです。

のんびりしているように見えるのなんて雰囲気だけで、今回書いたように夏は虫の対策に追われますし、移動は車が必須……にも拘わらず、都会のように交通の便は発達していません。

要するに実際は面倒極まりない事ばかりで、のんびりなんてとても出来ないのが現状なのです。

その他にももう書くのも面倒だと思うくらい面倒な要素がてんこ盛りですので、もし貴方が一時の気の迷いで田舎に移住する事を実行に移してしまったら、本当に後悔する事になりますよ。

自分の歩いていける範囲に生活に必要な施設が揃っていて、公共の交通機関も充実しているその環境がどれだけ恵まれているかを、今一度自覚された方が良いのではないかと思います。

 

 

というわけで、短い上にわざわざブログに書くほどでもないような薄い内容で申し訳ないのですが、5月の終わりの近況報告でした。

昨日、今日と日に日に蒸し暑い日が増えている上に、週末は気温が上がって暑くなるようなので、皆さま体調を崩したりしないようお気をつけください。

 

 


それでは、今回はこの辺りで失礼致します。

近況報告③

まずは前回書いたアトピーについてですが、4月に入ってもまだまだ痒みが治まる事はなく続いております。

去年の今頃はどうだったかな……もう治まってたのか、それとも今年みたいにまだまだ続いていたのか。

いまいち記憶が定かではありませんが、どうやら今年はアトピーとの戦いがもう少し続く事だけは間違いなさそうです。

そして軽く調べてみた所、スギ花粉の飛散が終了するのは僕の住む地域では4月下旬から5月上旬くらいまでとの事でした。

あと約一ヶ月……それまでは我慢の日々という事ですね。思ったより長めだけど頑張ろう。





それと早いもので、僕が買い物の為に外に出るようになってから約三ヶ月が経ちました。

今までは父に車でスーパーまで送ってもらい、僕が一人で買い物をする……という体制がずっと続いていたのですが、最近では父もすっかり元気になったお陰か、父も僕と共に店内へ入って買い物する事が増えてきました。

やはり僕が買い物している間、ただ車の中で待っているというのは退屈なんですかね。

まあ僕としても父が書く買い物のメモは非常にざっくりしていて分かりにくいので助かると言えば助かるのですが、一人での買い物にも慣れてきた身からするとやっぱりウザいなと感じる気持ちの方が上回ってますね。

ちなみにこの前買い物に行った時も非常にウザい目に遭いました。

例えば買い物のメモにネギが三つ必要だと書いてあったので僕がネギを三つ取って持って来ると、暫くして父が僕の選んだネギを無言で棚に戻し、自分で選んだ物をカゴに入れていたり……。

買い物が終わってバッグに買った物を詰めている時も、僕のやり方が気に入らなかったのか突然「俺がやる」と言い出し、中身を全部ぶちまけられたり……。

あれから少し経って頭の冷えた今となっては僕のやり方や選び方も悪かったんだなと思わなくもないのですが、その時は正直、自分のやり方を否定される=自分自身を否定されているような気分になって、何だかとても悲しくなりました。

やはり父は人の気持ちに対してどうも鈍感というか、こういう事をしたら相手がどう思うか……という気遣いに欠けている所がある人間のようです。

正直あの歳になるまで、よく誰からも恨まれずに生きてこれたなと思いますよ。

……いや、相手が僕だとナメているからこそ、そういう真似が出来るのでしょうか。

まあ父の真意は分かりませんが、これ以上この事について考えると「あのまま入院し続けていた方が良かった」とか、「いっそあのまま死んでいれば……」などと考えてしまう為、この辺でやめにしておきます。




それとこの三ヶ月の間、スーパーまでの道を走る車の中で何度かある物を見かけました。

それがお葬式の看板なのですが、どうもそこに書かれている名前にどれも見覚えがありまして、よく見ると僕の小中学校時代の同級生と同じ苗字なんですよね。

勿論ただ単に同姓の別人という事も大いに考えられます。

ですが当時の同級生の中には珍しい苗字の子もいて、この前その子と同じ苗字の看板を見かけた時は「あー……間違いなくあの子の所だな」と確信してしまいました。

しかし……まあ仕方のない事なのだと思います。

僕がこうしてアラフォーのおじさんになっているという事は、かつて同じ学び舎に通っていた彼ら彼女らも同じくアラフォーのおじさんおばさんになっているわけで、当然その家族も更に歳を取っています。

彼ら彼女らのご両親ももう高齢と呼んでもおかしくない方が大半だと思いますし、お祖父さんやお祖母さんともなれば正直お迎えが来てもおかしくない頃合いでしょう。現に僕の祖父母は二人とももうこの世にはいませんし。

だから一体どなたが亡くなったのかまでは分かりませんが、そういうのを見るとやっぱり思い出してしまうんですよね。僕の父も叔父ももう高齢であり、今は元気でもいつ死んでもおかしくないのだという事を。

もう何十年も会っていない同級生の家の葬儀の知らせは僕に、「お前の父も叔父も近いうちにこうなる。そうなれば、お前はもう家族の手を借りずに一人で生きていかなければならない」と、間接的にそう宣告を受けているかのようでした。





そして実際そうなった時、僕はどうなるんでしょう?

父が亡くなる事で解放されたいと思う自分がいれば、やはり父がいないと不安だと感じる自分もいるし、何だか最近は特にそんな事ばかり考えています。

そういえば去年の同じ頃にもメンタルが不安定になって父が亡くなった後の生活の不安について書いていましたし、今回も心の中に生じた不安を吐き出したい一心で、気付いたらこうしてキーボードを叩いていました。

やはりこれも春の仕業ですかね……春はやはり怖い季節です。

……というわけで、ちょっと短いですが近況報告第三弾でした。皆さんは僕みたいにならないよう、心身共にくれぐれもお気をつけてお過ごしください。